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日本プロテスタント宣教一五〇周年記念
「ウオーク・ウイズ・ジーザス」つれづれ草

「イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。そこで、弟子たちに言われた。『収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。』」マタイによる福音書九・三五〜三八

信州は野尻の湖畔にジョナサン・ベネディクトと言う主に仕える者おわす。先の主のみことばに出会いせし者なり。おもいたちて遠く一五〇年ほどむかし先達の往き来せし東海の道を辿りたき志をえん。そなえ祈りて一年、姫井雅夫なる同労の士を得てこれをなせり。時主の年二〇〇九年、世はプロテスタント宣教一五〇年と慶び祈念せし葉月、折々旅の道連れも加わりてこれをなせり。二三日にしておおよそ五〇〇キロ、五三次一二五里の道を行くなり。

江戸日本橋より同行せし横浜は清水一家のをんな二人。吉川アズサなる者川崎の宿まで、中西百合子なるは川崎よりつま(夫)智之を伴い戸塚の宿まで歩き通せり。戸塚より渡部忠史なる丈夫が箱根の関まで、その半ば平塚より柘植翔太なる若人も加わりて山を登る。道中齢八三歳になりし異国独逸のおみな在りき。その歩み若き者に勝るなり。箱根山降りしおり嵐きたらん。難儀しつつ山おりれば、朝まだき地揺れ、城の石垣崩れし様見たり。遠州は江尻の宿より杏実と呼ぶ娘を伴いし島田百合子なる母同行す。掛川の宿でこれらと別れしも、翌掛川よりその夫にして、清水一家の家守なる勝彦と名のる者加われり。色白くして足腰弱く、他の者案じしがよく跡につき、四日路、三河は西の藤川の宿まで同行せり。

この時世、何事せん者らと疑う者あれど、日本橋より京に上らんと伝えなば道中出会い、また立ち寄りし同信の家々の者、よくこれを励まし、命拾いすること数知れず。

「はっきり言っておく。キリストの弟子だという理由で、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、必ずその報いを受ける。」
マルコによる福音書九・四一

幾多の人の情けに慶び、謝し、祈りつつ道を往く。されど未だ古き高札ありき。

				〔定〕主は三〇 バテレン三〇〇 銀の数
				

いのち賭けし先達の足跡想い描くも、道々かぐわしき野の花に、とこしえに変わることなく伴いし主のみ声を聴くなり。

				東海道 五十三次ぐ 百合の花
				
				旅人の 歩み祈るか ゆりの花
				

「二人は、『道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか』と語り合った。」 ルカによる福音書二四・三二

				歩むごと 百合の華薫る 東海道
				

道中まっただ中なる茶屋ひとつ、いにしえの面影あれど袋井よりかげりひとつなく日照り続けり。時に松の並木の名残あれど、しばしの休み求むれば皆コンビニの影なり。

				コンビニや 旅する者の 茶屋となり
				
				御油の松 涼を求めて 蝉時雨
				

日に焼かれ、旅烏とは名付けてしたり、大江戸より発し京は三条大橋に至れし者らを挙げぬれば以下のごとし。ジョンとあだ名されたるベネディクト、旧道にこだわりて先導す。

				ナビゲーター ジョン駆け回る 東海道
				

姫井雅夫なる者足腫らしつつ歩き抜くも、江戸は赤坂の家守にて、週の初めごとに往き来せり。

				炎天下 力も時も 総動員
				
				みことば伝え 東奔西走
				

杉本常雄と称す逞しき丈夫あり。西は難波淀川の在にしてこれも家守、旅先より文をしたため、往き来せり。

				くろがねの 足もて進む 先達の
				
				目指すは京都 三条大橋
				

活動写真の技師にして遠藤武雄、鉄車にて伴走す。

				先まわり カメラを向けし 露払い
				
				撮しためししは 祈録(肋)なりけり
				

姓は風間、名は徹也、一行の路銀預かりし者あり。

				キャンディーもアイスも まことにタイムリー
				
				心配りし 女房かな
				

近江のほとり大津より出し健脚、北坂信頼なる若主あり。

				人生の道を求めて東海道
				
				背筋のばして永久(とわ)のゴールへ
				

難波泉南の地熊取より参ぜし坂田勉、杖もて飄々と歩むなり。

				オカリナの 讃美は遠く ピアニシモ
				
				癒され歩む フォルテシモかな
				

木曽路各務原から手作りの旗もて来たりし御仁、山本昌昭。

				両膝の 痛み冷やしつ 掲げ行く
				
				「神は愛なり」 五十三告ぐ
				

つれづれ書き連ねし者の終わり。

				 伝道の 成果やいかに マメ三つ
				

日本基督教団清水ヶ丘教会牧師 島 田 勝 彦

証し:風間 徹也

4月このポスターが目にとまりました。一日に40kmは歩くのかなと思い、すぐトレーニングは始めました。私は33年前アメリカ人の宣教師から聖書を学びました。67歳になった今もカソリックの学校で授業をやらせていただき、キリスト教は私の人生の全てです。夏休みに行う150年前のプロテスタント宣教を記念しての今回の行事は、とても魅力的でした。 姫井先生、ベネデクトさん、遠藤さん、3人の強い信仰と統率力.企画力がそこにありました。そこで私に与えられ、得たもの、見たものは、伴走車の運転をして下さり歩く者を何時もサポートしてくれた献身的な愛、イエス様を伝えようとする圧倒的な熱意でした。3人の方には心からお礼を申し上げます。

信仰と愛
(この旅を企画し実行してくれた方々、旅人を快く迎えてくれた多くの教会の方々から、信仰=愛 を実感しました。)
十字架の光と影
(小田原教会でその夜に見た十字架が、昼訪ねたエリザベスサンダーホームで、不幸な境遇で産まれた子供たちが、イエス様を知る方々により支えられ、やがて笑顔に戻るという光 と影を見て涙しました。)
全てをイエス様に委ねる人生の確かさ
(素晴らしい働きをされている多くの牧師、宣教師、出会った教会員の方々の信仰に対する熱い思いを見て勇気を得ました。)

今振り返って見ると、私はただ、ともに語り歩いた素晴らしい信仰の友に励まされ、すべてを任せ、祈り、その夜どこに泊まるかもわからず、楽しく歩かせていただきました。私は両目を白内障の手術をしていますので日傘をさし、胃がんで胃をなくしているので食事の早食いが苦手でしたがまったく疲労が一晩寝れば取れてしまい全コース歩かせていただけました。それは私の力でなく、そこに神様がこんな自分勝手なわがままな者にも深く介入し、お守り下さったことが証できます。

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